聴こえない音を聴くための方法
かつてのアメリカ先住民は、
子供の頃から自然界と調和する術を様々な方法で学んできました。
例えば、
精霊をはじめあらゆる音を聴くための訓練があります。
まず地上の人々の言う事をしっかりと聞き、よく理解することから始めます。
自分に話をしている人に神経を集中して、
よく言葉に耳を傾けて理解します。
次に、
動物の鳴き声など、すべての生物たちの音に耳を傾けます。
そして、
次に
風の音、川のせせらぎ、遠雷の響き・・・など自然界の音に耳を澄まします。
次に
風の音、川のせせらぎ、遠雷の響き・・・など自然界の音に耳を澄まします。
こうした聞き取る訓練を子供の頃から行なうことで、
肉体的聴覚を超えた不可視の世界の音も聞き取れるようになっていきます。
私は、「聴こえない音」と「聴こえない声」を幼少のころから聴いていましたので、
それが自然なことでした。
さまざまなことを教えてくれます。
さまざまなことを教えてくれます。
今でも、休日は、よく真夜中に山の中に入り、
夜中から明け方まで
夜中から明け方まで
今回は、聴こえない音の聴くための訓練の一方法です。
とくにこの方法がいいというのではなく、こういう方法もあるという参考にしてください。
まず、音を大きく二段階に分けます。
人や動物の発する音
自然界の奏でる音
訓練は、まず人の声から始めます。
一番身近な練習としては、人の話に耳を傾けること。
私たちは、普段は人の話を聞くときに、
話の内容を聞きながら、必ず自分の思いを並行して頭の中で考えています。
話す人の意見に同意したり、反対したり、
自分はこう思うとか、もっといいアイデアがあるとか・・。
たしかに会話はそれで成り立っています。
でも、
今回は、一切の自分の意見、思い、感情を消してみましょう。
そして、
全く無垢な状態で、
自分の心を深いレベルまで白紙の状態にして、
相手の話を聴いてみましょう。
赤ちゃんは、この物質世界に入ってきたときに、
両親の話をじっと聴きます。
そこには話しの内容に対する赤ちゃん自身の考えを挟むことはありません。
完全に無垢な状態で、話を聴き続けるのです。
不可視の世界の感覚も物質世界の赤ちゃん同様に発達していきます。
でも、
最初から無垢になるなんて無理です。
脳にはたくさんの雑念がやってきます。
それを川の流れのように流してしまいましょう。
そして、自分はその雑念から一歩離れてみるのです。
雑念の川のほとりに立っているような感じです。
このように自分の自我を滅した状態で話を聴き続けるうちに
相手の発する言葉から
相手の本質へと共感することが出来るようになっていきます。
また自我が消えた無垢な状態で話を聴くことの大きなメリットとして、
繊細な感覚が養われやすくなる
ということがあります。
話の内容を聞きながら、自分の思いを並行して頭の中で考える場合、
どうしても相手の内容に同意したり、反発したりします。
人に対して、ネガティブな感情を抱いてしまうと、
繊細な能力の発達は確実に止まります。
さて
人で、練習を重ねたら、
次は動物です。
人のいない静かな森の中で、動物の声に耳を傾けます。
最初は、単なる叫び声に聴こえるかもしれません。
でも、人の話を聴いた時のように、
今度は、動物の魂の中へと入り込んでいきます。
その動物の感情や、さらに深い魂の状態を感じ取ってみましょう。
その次は、
自然界の音です。
自然界の音を通して、精霊や神との交流を試みます。
それをしっかりと続けることで、
肉体の聴覚では聴こえない、
聴こえない音を聴くエネルギー体の霊的聴覚が目覚めてきます。
自然界の音は、できれば
人里離れたところで聴くのが最適です。
私は、絶対に誰も来ないお気に入りの場所をいくつも持っています。
今回のブログの写真は、
私がいつも音を聴きに行く、お気に入りのいくつかの場所です。
夜中から明け方にかけて、静かに声や音に耳を傾けます。
自然の中で精霊たちは、
そよ風や
ふと感じるかすかな心地良い香り、
心に残るわずかな水のさざ波
といった形でも語りかけてきます。
自然に入り、静寂の中でだけ感じ取れるこの感覚を意識するだけで、
自然界が目に見えるものだけではない本当の豊かさと深まりを感じることが出来ます。
精霊や高次元の存在たちは、
こうして自我を消して話を聴くことのできる
霊的聴覚が目覚めはじめた人にだけ、
語りかけてきます。
今日もありがとうございます。
聴こえない音を聴いてみたい方は
ぽちっとしてね?
人気ブログランキングへ
コメント
コメント一覧
の方にコメントした内容がこちらでは詳しく説明されておりました。
同じようなことを書いてしまってすみません。
様々な価値判断が自分の周りにくっついて仕舞わないように
赤ちゃんのように無垢な状態でいたいと思いました。
私も子供のころから 聞こえない精妙な声の方がなじみがありましたので
今でも人に囲まれているよりも、植物の中にいる方が、仲間といるように感じます。
自然界の受容性にはいつも感動し
その後で人間の世界に戻ると
荒々しく感じたり 複雑すぎて面倒だと感じてしまうことが少し悩みです。
間違わないように練習いたします。
私の癖で、聞く…決断。消化も疲れてあやふやなまま決断。体験不足、幼さからくる決断。物事を焦り過ぎる傾向があります。
先生のお話は君が代のように難解が多く勝手に解釈を誤り同じ所を回っていたように思います。
でも、ここに戻ってくるのは深い所で魂が知っているのかも知れない。
今日はハートの大切さをしみじみ感じました。
仕事帰り寄り道して隣のスーパーに行ったら入口の所に綺麗なお花が並んでいて中に入ったらラッキーDayで77円の物が沢山売っていて、奥の心暖まる場で外の気色を見ながら休んで、薬局のさとちゃん人形の鼻を撫でていたら横に景品のさとちゃん&さとこちゃんのティッシュケースが目に入りなんとこさお願いしてゲットして嬉しい日でした。
ごめんなさい。
ありがとう。
皆も同じように聴こえているものだと思っていたので、それを特に話題にした事は
ありませんでしたが、周囲の人達の反応から、「あれっ?そうじゃないのか」と
気づいたのは、成長してずっと後になってから、たぶん中学生の頃です。
私は東北の生まれで、家の裏はすぐ山で、目の前も山という超辺鄙な所で、
9歳で東京の学校に転校するまでそこで育ちましたので、先生のおっしゃる
「自然の声を聞き取る訓練」を図らずもやっていたのかも知れませんね。
東京に来た当初は、山がどこにも見えない事がとっても寂しかったです。
公園に木があっても声は聴こえず、「東京の木って会話をしないんだな」と
子供心に思いました(笑)
大人になるにつれ超聴覚は徐々に退化してしまいましたが、辛うじて残っている
のは、いつも頭の中に「シーンっ」とする音が今でも鳴っていることです。
音といっても聴覚器官を通して入ってくる音ではなく、何か周波数のような「音」です。
この「音」に意識を集中させることで瞑想状態に入りやすくなるので、私には頼みの綱です。
瞑想歴の長い人なら(先生も)たぶんこの「音」を知っていると思いますが。
樹も鳥も草も石も海も川も周波数のシィーシューという音で脳に感じるのでしょうか?
電灯の光をお日様にあて、光にあたる雪を見つめ、車のライトが星、樹に囲まれた公園のフカフカ雪の中を歩き、下水道の水の流れを川のせせらぎに例え…咳がゴホゴホでました。いつの間にか色んな物を飲み込んでいるんですね。
周波数という言葉は今日とても勉強になりました。ありがとうございます🙇
空になると、まるでクリスタルのミラーボールの中心にいるような感じでした。
今日の米粒みたいなアラレが浮かび以前行った山に遊びに行って来ました。
そこでしばらく瞑想して麋…鹿の下に米と書いてトナカイと読むとは驚き桃木、山椒の樹(@_@;)…そりで雪山を滑って降りようと思ったのですが吹雪いているのでトナカイさんと空経由で戻ってきました。
愛の周波数は凄い😄
本当の瞑想ってきっと何だか良くわかっていなかったんだと思いました。
ただそのものになったり…上に行って下がってくるとか…その程度のことしか。
神聖なエネルギーを浴びて空になることだったんですね。
いっぱい練習します。
ありがとうございます🙇
音については本当に深く、
瞑想の時に聴こえる音については、さりげなく「君が代」にも書きました。
たぶん実際に聞いたことのあるひとにしかわからない記述です。
こういうのを書いてしまうから、本が理解できないといわれてしまうのですけど・・。
先日WiFiの電波が耐えられなくて、亡くなってしまった女性がいましたが、
私たちも聞こえなくても本来の繊細な聴覚はわかっているはずです。
自分は、毎週WiFiも携帯の電波も届かない場所に行き、補正しています。
だから普段から、いいものを見て、いい音を聴き、いい考えをする、これが一番大切なことだと思います。
瞑想は、経験を積み重ねながら、体感で理解してくると思います。
ありがとうございます。
いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます🙇