尊厳死と安楽死

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昨年アメリカで 末期の脳腫瘍と診断された29歳のブリタニー・メイナードさんが、
尊厳死が合法化されているオレゴン州に移住。
11月1日に薬を飲んで亡くなった件が世界中で報道されました。
この死については、メディアによって、「尊厳死」「安楽死」混同されて報道されてしまいました。

この二つの死は、全く違うものです。

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各報道で「尊厳死」というのは、「オレゴン州尊厳死法(Oregon Death with Dignity Act)」に基づくものだからです。
この法律は、1997年にオレゴン州において、医師による自殺ほう助を合法化した米国で初めての法律です。
現在は、米国で4つの州で認められています。
そのため「安楽死」が「尊厳死」と混同してしまうことになってしまったのです。

「安楽死」とは、通常第三者が薬を使って、苦しんで生きるのを止めるために、死に至らしめること。

「尊厳死」は、不治かつ末期の病態になったとき、自分の意思で過剰な延命措置を行わずに、人としての尊厳を保ちながら迎える死。
つまり尊厳死は、昔ながらの自然死と同じなのです。


現代の人の医療では、患者さんの意向に沿わない無理な延命治療、
いわゆる「スパゲティ症候群」がよくみられます。

「スパゲティ症候群」とは、輸液ライン、気管チューブ、酸素チューブ、動脈ライン、酸素測定、心電図、などなど、
亡くなる直前の意識のない患者さんに、ありとあらゆるチューブが取り付けられている状態を示します。
医療用語ではありません。
これが事故や緊急疾患ならばまだしも、末期がんなどで治る見込みが無くなった患者さんがスパゲティの中にいるように全身チューブだらけになっている・・・。

「過剰な延命治療を控えて、自然な亡くなり方を求める」というのは大切なことだと思います。

現代医療は、死に過剰に恐れるあまり、死=治療の失敗と見なす考え方があるようです。
ただし、
その考え方は、患者主体の医療から外れてしまう危険性もあります。

このようなことが起きる原因の一つに、
「生」と「死」という言葉が、
物質世界における長い歴史の中で狭い視野で限定された観念を作り上げてしまい、
真の意味での理解が成されていないということがあります。

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死は、生の自然な最終形。
とても清らかなもの。

輪廻転生の立場から見れば、
すべてのエゴを消すための最も効率の良い方法です。


私たちは、この地球に目的を持って、生まれてきます。

生まれてくることは学ぶためにこの世に入ってきた「入学」であり、
死は業(カルマ)を修了した「卒業」という言葉で表した方が適切なようです。

多くの臨死体験経験者は、死をこの世の終わりではなく、卒業と捉えることが多いそうです。
優秀な成績で卒業するかどうかは本人次第ですが。
 
現在悪いイメージになってしまった「死」という言葉を
「卒業」という言葉に代えるだけでも、
治療される側やその家族は大きく楽に感じるように思います。

実際に卒業した後は、新しい世界へ行くのですから、
家族としては温かく見送りたいものです。

「葬式」も「卒業式」に変えるだけで、遺族も癒され、
新しい世界へと旅立った本人共々、より心が軽くなるのではないでしょうか。


参考:「ラストダンス」


今日もありがとうございます。

 
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