ルワンダでは、1994年に起きた国内の内戦と国民の大量虐殺の際に、
ライオンもルワンダから姿を消してしまいました。
つまりライオンの生息地ルワンダには、この20年以上、一頭もライオンが存在していなかったのです。
今回、
約20年前に姿を消したライオンの再導入が行われることになりました。
これがルワンダに到着したライオンたちです。
Rwanda Development Board/Flickr
Rwanda Development Board/Flickr
Rwanda Development Board/Flickr
南アフリカから輸入したライオンは計7頭(オス2頭、メス2頭)。
南アフリカから30時間かけて、ルワンダ東部にあるアカゲラ国立公園に到着しました。
Rwanda Development Board/Flickr
全部で7頭分のコンテナがアカゲラ国立公園に並びました。
Rwanda Development Board/Flickr
子供たちも歓迎の垂れ幕を作りました。
Rwanda Development Board/Flickr
ルワンダは、「千の丘の国」と言われるように、
なだらかで美しい丘陵や自然豊かな山林などの美しい自然が拡がる国です。
地球の長い歴史の中で、ルワンダの土地には昔からずっとライオンがいたのです。
それを人の都合で、多くを虐殺し、そして生き残ったライオンは追い出されました。
でも、
人は
失って初めてその貴重さ、共存する大切さを理解します。
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」
曹洞宗を開いた道元の句です。
自然のありのままの姿を表現し、
それを観想することがそのまま仏の心に通じることを伝えています。
道元が昔のルワンダにいたのなら、
「大地にライオン 森にはラン」などと詠んだのでしょうか。
私たちの身の回りにも、
当たり前にあって、
静かに消え去りつつあるものはたくさんあるのです。
日常のありのままを観想し、
その大切さを再認識してみる。
とても大切なことです。
今日もありがとうございます。
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ライオンもルワンダから姿を消してしまいました。
つまりライオンの生息地ルワンダには、この20年以上、一頭もライオンが存在していなかったのです。
今回、
約20年前に姿を消したライオンの再導入が行われることになりました。
これがルワンダに到着したライオンたちです。
Rwanda Development Board/Flickr
Rwanda Development Board/Flickr
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南アフリカから輸入したライオンは計7頭(オス2頭、メス2頭)。
南アフリカから30時間かけて、ルワンダ東部にあるアカゲラ国立公園に到着しました。
Rwanda Development Board/Flickr
全部で7頭分のコンテナがアカゲラ国立公園に並びました。
Rwanda Development Board/Flickr
子供たちも歓迎の垂れ幕を作りました。
Rwanda Development Board/Flickr
ルワンダは、「千の丘の国」と言われるように、
なだらかで美しい丘陵や自然豊かな山林などの美しい自然が拡がる国です。
地球の長い歴史の中で、ルワンダの土地には昔からずっとライオンがいたのです。
それを人の都合で、多くを虐殺し、そして生き残ったライオンは追い出されました。
でも、
人は
失って初めてその貴重さ、共存する大切さを理解します。
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」
曹洞宗を開いた道元の句です。
自然のありのままの姿を表現し、
それを観想することがそのまま仏の心に通じることを伝えています。
道元が昔のルワンダにいたのなら、
「大地にライオン 森にはラン」などと詠んだのでしょうか。
私たちの身の回りにも、
当たり前にあって、
静かに消え去りつつあるものはたくさんあるのです。
日常のありのままを観想し、
その大切さを再認識してみる。
とても大切なことです。
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コメント
コメント一覧
この過程のひとつに辿り着くまでには、一体どれくらいの人たちの共通する意志、善意や実践があったのだろうと思います。
戦争も虐殺も、名も無き弱い存在から犠牲になっていく事実があります。
破壊は一瞬でも起こり得ることを覚えていたいと思います。
世界のあちこちで起きているこうした出来事に大きく影響しているのが、私たち自身にある 無関心 なのではないでしょうか。
いま起きている天変地異や自然破壊が、
外界からやってくるもの、私たちにはなすすべもなく無力であると思い込んだりしている人もあるかもしれません。
あるいは、自分(達)の身に実際に起こっていることではないから関係ないと拭払したり、発信を聴こうとしないこともあるでしょう。
ですが、私たちがそれぞれの日常の中
どんな環境下にあっても、出来ることは
あります。
どんな人にでも今すぐにできることがあります。
他人事だと思わないこと。
思いやりをもって 理解しよう とすること。
得てきたいまある知識や知恵や経験を分かち合って、実践に移していくこと。
いまの自分にできることを始める。
生命の循環を担っているのは、私たち一人ひとりの存在であり責任なのだと思います。
お互いの違いを分離や排除をせずに、尊び合い助け合い、活かし合う共生の道を思い出していくことに気づかせてもらえたのは、こうした繰り返しの継続発信があるからです。
感謝申し上げます。
素敵なメッセージありがとうございます。