世界には、まだ訪れるのが困難な場所がいくつもあります。
インド洋の北センチネル島は、
「世界一行くのが困難な島」と呼ばれています。

インド領アンダマン諸島の中の島の一つで、
ここに住む先住民たちは、
島外からの人間の侵入をかたくなに拒み続けているために、
誰も近づくことが出来ないのです。



この写真、青い海と豊かな森、ビーチには、先住民たちの姿が見えます。
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 でも、
これ以上近づけば、矢が放たれ、
上陸しようとする者は殺される危険性があります。


北センチネル島はここにあります。
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衛星写真です。
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1896年に英国人の脱獄囚が島に上陸してしまいましたが、
それを追った警察が、海岸で喉を切られた脱獄囚の遺体を確認しました。 

1964年以降、何度かこの島の先住民族との接触が試みられましたが、
ことごとく失敗しています。 

1974年に、ドキュメンタリー映画を撮影のため北センチネル島に上陸した映画監督一行は、
弓矢で攻撃を受けて、撤退しています。
監督は、大腿部に矢を受けて、負傷しました。

 

1980年代~1990年代にかけて、
インドの人類学者T.N.パンディット氏が政府後援で北センチネル島調査を試みましたが、
 島の先住民族たちは、侮辱のポーズで迎えて交流することは出来ませんでした。


1981年には、「プリムローズ号」が座礁しましたが、
幸いなことに岸から少し離れていたために、
乗務員たちは無事にヘリコプターで救出されました。
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2004年のスマトラ島沖地震の時には、
津波の被害が予想されたため、
救援物資を積んだヘリコプターが向かいましたが、
ヘリコプターに対しても、矢を放ち、追い返しています。
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 2006年には、漁をしていた船がこの島に流されてしまいましたが、
乗船していたインド人二名は、そのまま矢で殺されました。

インド政府が彼らの遺体を回収するためにヘリコプターで現地に行きましたが、
先住民たちの攻撃に合い、遺体の回収は行われませんでした。



たった一度だけ、

1991年1月4日に
T.N.パンディット氏とそのグループの男性28名が、上陸した時に、
先住民の方からグループに近寄ってきたことがありました。
人類学者のパンディット氏は「彼らも接触する時期が来たと判断したのかもしれない」と述べています。



ただし、
この先住民族は、完全に外界から隔絶されてきたため、
インフルエンザなどの、
現代社会では一般的な疾病に対しての免疫を持っていないために、
外界との接触は、とても危険なことであるとみなされています。

現在インド政府は、センチネル族との接触を試みる行為を法律で禁止し、
この島から約5km以内を緩衝地帯として、接近することも法律で制限しています。

彼らは、古代から伝統的な暮らしを維持しており、
まさか自分たちのフェイスブックページがあることも知りません。

facebook234FaceBook


フェイスブックには、
「これは座礁した船、彼らは今死にました。」との怖いコメント入りの写真も。
facebok2006 Facebook


アンダマン諸島の人たちのDNAでは、アフリカ起源に近いようです。
およそ10万年前に、アフリカから分離したと推測されています。


 世界中には、いまだ文明との接触を持たない先住民族が100以上あるとされています。

エチオピアのサーマ族
アマゾンのアワ族
オーストラリアのピンチュピ族
アンダマン島のジャラワ族
などなど。

こちらは、
初めて部族意外と接触する先住民の動画




すべての人は地球という星の家族の一員。
各民族が独自性と美しく豊かな文化を持っています。


将来、彼らの部族との交流を持つ時期が来れば、
私たちは、彼らから学ぶべきことがたくさんあるように思います。



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