映画「ブリッジ・オブ・スパイ」
観てきました。

でも今日は、映画を見ていない人にも
大切なお話もします。

映画のストーリーの記述を含むため、
どうしても気にする人は読まないでください。


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この映画は、
1960年代の米ソ冷戦時代に、
米国でスパイ容疑で逮捕したソ連のスパイと
ソ連に捕らえられた米軍パイロットを交換するために
米ソ両国の交渉を行った弁護士ジェームズ・ドノバンの
実話に基づいた映画です。



この映画のポイントはたくさんありました。、
映画を観た後で
「もし自分だったらどのように行動できるだろうか」
「どんな状況にあっても、人として、正しい判断ができるかどうか」

と問いかけられているかのようです。

そして私が最も気に入ったことは、
「この揺るぎない正義感、正しいと信じることを遂行する土台に在るものはなにか?」
という点が上手く描かれていたこと。

それがはっきりしなければ、
この映画を観た人の誰もが

同じ行動はとれないからです。


でも、
それがわかれば
誰でも同じような行動は出来る
かもしれない。






映画の冒頭のシーンでは、
米国在住のソ連のスパイであるルドルフ・アベルが
鏡を見ながら肖像画を描くシーンがあります。
一人の男性が、本人、肖像画、鏡の中と
複数の像を見せるのです。

これは人が持つ表向きのさまざまな顔を象徴しています。

でも 
表に複数の顔をもっていても
このアベルの内なる意志は一貫しています。

アベルは、
令状なしに逮捕された後に、
48日間に渡って独房に監禁され、
弁護士との接触も許可されずに、
尋問を受け、
加えて
米国政府により、二重スパイのオファーがなされていました。

オファーを受ければ、快適な米国での生活が待っており
オファーを断れば、間違いなく死刑

でも、
アベルは祖国を裏切ることなく、
自分の信念を貫き
オファーを断ります。

しかも、
将来を心配する必要無し、
心配は何の役にも立たない、と 
毅然とした態度を示します。

囚われの身となり、
その年老いた風貌の中にも
信念を貫く意志を示すかのように
目の光が活きているのです。



そして、
すごいのがこの事件を担当する
弁護士ジェームズ・ドノバン

普通の保険関係の弁護士が
ある日突然
アベルの国選弁護人に指名されます。

一見普通のありふれた弁護士である彼が任命されたのは、
実は
以前にニュルンベルク戦争犯罪裁判での検察官をしていた経歴や
第二次世界大戦中にCIAの元となった組織の顧問弁護士を務めていたことがあったためだったのです。


でも
この裁判は、
誰が弁護をしても死刑は確定されていたため、
ソ連の独裁との違いを公に演出するためだけの、
形式だけの裁判です

この時期は、
米国人がソ連に情報を提供しても死刑になった時代。
この裁判の前には、
米国でローゼンバーグ夫婦がソ連に情報提供した罪で
自分の国、米国で処刑されています。

だから
ソ連のスパイの死刑は、
裁判をする前からの確定事項だったのです。

しかも、、
アベルは
実際には、米国内のソ連のスパイを統括するという
最も死刑に値する身分でした。


ソ連のスパイの弁護を引き受けること自体、
米国国民を裏切る行為とみなされてしまう時代。
国民の敵であるソ連のスパイの弁護など
誰もやりたがらない仕事です。


ところが、
ドノバン弁護士は、
このケースを
引き受けただけでなく、

死刑に持ち込むシナリオ通りの形式裁判を無視して
判事の忠告も無視して、

全国民が憎む敵国のスパイであるアベルのために、

本気で無罪を求めて闘ってしまいます。




ドノバン弁護士は、
「どんな人間でも、真に公正な裁判を受ける権利がある。」


弁護士として、
人間として、
最も正しいと信じた道を歩んでしまいます。



人として正しいことをするために、
最も困難で、
最も危険な道を
自ら選んだことになります。




その結果、
ドノバン弁護士は、
全米一憎まれる人となり、

電車内では乗客たちから冷たい眼で睨まれ、
自宅を銃撃されて、
家族の命を危険に晒しながらも
やはり
人としての崇高な理念と行動を貫きます。


裁判では、
最高裁判所への上告は却下。

自由の国アメリカといえど、
体制には逆らえない時代だったのです。

ドノバンは、直接判事の自宅へと出向き、
死刑にならないよう
巧みに説得します。

そして、
ドノバンの尽力により、
死刑判決は覆され、
アベルは懲役刑として、刑務所へと送られます。


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ここまででも、充分一つの映画として成り立ちそうですが、
ここからが本題に入っていきます。


アベルが刑務所へ入所後に起きた
「米偵察機U2撃墜事件」です。


完全極秘裏で遂行されていた米偵察機U2のソ連偵察ミッション。

U2機は、ロッキード社がCIAの資金提供の元に開発した、
高高度有人偵察機で、
旅客機よりもはるかに高度の高い
成層圏を飛行する性能を持っていました。

その飛行高度では、
敵の戦闘機が上昇できない安全な位置からスパイ活動が可能だったのです。

ところが、
その偵察機が
ソ連のミサイルに撃墜され、
空中脱出したパイロットのパワーズがソ連に拘束されてしまいました。

米国側は、
ソ連レーダーと地対空ミサイルの性能を過小評価していたのです。
(ソ連側の当時のレーダーは、JFケネディ大統領暗殺に関わったオズワルドが、ソ連側に秘密裏に渡した情報によって作られ、それがU2撃墜の原因となったとパワーズは証言しています。)

しかも
飛行機の少ない祝日に偵察させたことで
偵察初日に、
容易に見つかり、
撃墜されてしまったのです。


パイロットのパワーズは、自殺用の毒を携行し、
自害するよう指示されていたものの、
使うことが出来ず、
ソ連側に逮捕されてしまいます。
Bridge-of-Spies-plane-crash screenrant.com


この事件が起きたのは、
パリで行われる米ソ首脳会談が開かれる直前という最悪のタイミングでした。

この一件で、
米国は不利な立場に追いやられ、
ソ連の最高指導者フルシチョフは、
米ソ首脳会談を中止と判断します。

冷戦状態のさらなる悪化です。

この状態では、
政府間による人質解放交渉はほぼ不可能な状態に陥ります。



そこで、
米国政府は秘密裏に
アベルの弁護を引き受けたドノバン弁護士に
とても困難な依頼をオファーします。

たった一人で
米ソ、そして東ドイツまで巻き込んだ人質引き渡し交渉を託されたのです。



交渉に失敗したらドノバン弁護士の自己責任、
政府は一切彼の命の保証すらしない条件で、
困難な仕事を引き受けます。
その仕事は、
家族にも秘密にしなくてはなりませんでした。

sub03_large (C)2015 DREAMWORKS II DISTRIBUTION CO., LLC


さらに、
交渉の途中で、
もう一人の米国人大学生が東ドイツに拘束されていることを知ると、
その学生を助けるために
余計な交渉まで自ら乗り出して、
ドノバン弁護士は
さらに交渉を困難なものにしてしまい
自らを窮地に追い込んでしまいます。


でも、
どんなに困難でも
自分の身を危険に晒しながらも
それが人として
正しい道だったのです。


「困った人を助ける。」


自らの地位や命を危険にさらし、
そして
家族まで巻き込んで
世間に誤解されても
自分の理念を貫く。



どれだけの人が
同じように行動できるでしょうか?




ここからが映画の本題に入りますが、
それは映画を観てもらうことにします。





これが映画のモデルとなった
本物のドノバン弁護士。
_DonovanWikipedia

自分の理念に沿って行動したために
全米一憎まれた弁護士になり、

のちに
人質奪還に成功したことから
その勇気ある行動に
全米の英雄となった人。


映画のタイトル「ブリッジ・オブ・スパイ」のブリッジは、
ドイツの「グリーニケ橋」のことであり、
米ソのスパイの橋渡しをしたドノバン弁護士のことであり、
当時の世相と人間としての正しい判断の橋渡しでもあります。

ベルリンの壁と同じように
このグリーニケ橋は、東西ドイツを繋ぐ橋として
冷戦時代にスパイの交換場所として利用されていた場所だそうです。

映画の中では、
東ドイツの列車の中からベルリンの壁を乗り越えようとして射殺される若者たち
そして
アメリカの電車の中からは、自由に他人の敷地の壁を乗り越えていく若者たちが
描かれています。

今回の交渉が、
いかに困難な状況下だったのか
こんな描写からも推察されます。



でも、
最後のシーン。


自分の信念に従い
すべての交渉を成功に導き、
上手く人質の交換を成功した後で
CIAの幹部らが大喜びする中、

ドノバンだけはその場に立ちすくみ 
悲しそうな、
複雑な気持ち。


理念を貫けば、
すべてが幸せな結果になるとは限らない。

ドノバンは、
アベルにソ連に引き渡された後で裏切り者と見なされて処刑されないかを心配していました。

それに対し、
アベルは、次のように言います。
「引き渡された時のソ連側の態度でわかるだろう。抱きしめてくれるか、ただ車の後部座席にのせられるか。」

米国人パイロットのパワーズが引き渡し直後に抱きしめられる一方で、
アベルは、抱きしめられることなく、
後部座席に乗せられます。
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ここに、
どんなに犠牲を払おうとも
自らの信念を曲げずに行動できる秘密が隠されています。


そこには、
ただ理念に忠実に実行することの前に、
人を助ける行為を遂行することの前に、

いかに理念に沿って遂行する時に愛情を注いでいるか
いかにその人を尊重することが大切か
を感じます。




これこそ、
誰もが最優先してすべきこと。
そして、
誰もができること。


揺るぎない強い心、
どんな逆境にあっても正しい理念を貫くこと


その心を不動のものにするためには、
土台に
とても質の高い「愛」がなければ不可能なことだったのです。


立派な塔を建てるには
強固な土台が必要です。

同じように
揺るぎない強い心には
同じように
強固な土台となるものが必要なのです。


もし、
お金や
名声や
私利私欲が
強い心の土台であるならば、
本当に困難な逆境に立たされた時には、
崇高な理念を貫くことなど出来ません。




その土台となるものは、
古今東西あらゆる賢者が繰り返し言っている宇宙で最強のもの
「無償の愛」

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この映画で描かれた困難で命の危険を晒したミッションの後で、

ドノバン弁護士は
当時最悪の事態も考えられたキューバ危機での
キューバと米国の橋渡し役を
J.F.ケネディ大統領から任命されます。

キューバに囚われた人質奪還のためです。


彼は、息子を連れてキューバに乗り込みます。
この勇気に、カストロ首相はドノバンの勇気を賞賛します。

ドノバンは、
当時米国で言われていた
「カストロ首相は、短気で冷酷な指導者という悪物」のイメージではなく、
「物事をよく知り、好奇心旺盛、とても上品な振る舞いで、人を惹きつける魅力を備えた人物」
であったと述べています。

偏見に左右されずに、
自分自身の目で、
自分自身の心で、
人を正しく見る。

それは、相手に対する敬意と愛がなければ不可能なこと。

交渉のために必要なこと。

最終的に
1962年12月には、1,113名の米国人を医薬品や食料援助と引き換えに解放に合意。
さらに
1963年7月には、キューバの拘置所にいた9,703名の米国人男性・女性・子供たちの解放に成功することになります。


たった一人のソ連スパイの弁護から、
二人の米国人を救い出すことになり、
さらに
多くの人の運命を助けることに繋がっていったのです。




どんなことをする時でも、
正しい理念に沿った行動をする。


とても大切なことです。
でも、
多くの困難が待ち受ける中で
どこまで信念を貫き通すことができるでしょうか?




人は、
世間やプライベートなどで、
多くの表向きの顔を持ちます。


でも、
外側の顔が多様であっても、 
内なる心の中が統一していれば
理念に沿った目的を成し遂げられます。


理念が明確であれば
心も安定します。
心の安定は、静寂と安らぎをもたらします。
その静寂の中で意識を集中して物事を行う場合、
心乱れた状態よりも、
はるかに効率良く物事を成し遂げることが出来るのです。



その強い理念
揺るぎない信念と行動を強固に支えているのは
その人の根底に在る「無償の愛」


すべての人の心の奥に在るものです。
人の心の奥にある無償の愛は、
愛の万能細胞のようなもの。

子供に対する愛、
家族に対する愛、
人に対する愛、
仕事に対する愛、
祖国に対する愛、
生き物や環境に対する愛
・・・・
どんな愛にも変化できます。

それが土台になる。

強固な愛の土台の上で
すべての存在を尊重し、
その上で
崇高な理念を持って行動する。



どんな時代にでも、
どんな状況にでも
最も大切なことです。





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