今日は
「君が代から神が代へ」からの抜粋です。

バルドは、
チベットの言葉。
「バル」は、中間を意味し
「ド」は、解き放たれたことを意味しています。
狭い意味では、
死と次の生まれるまでの間の状態を言いますが、
広い意味では
もっと深遠な意味を含んでいます。
「チベット死者の書」 (バルド・トェ・ドル・チェンモ)の流行で
知られるようになった言葉です。
ちなみに、
死者の書という日本語への翻訳は、
エジプトの死者の書を意識した翻訳です。
この書は、
聖者パドマサンバヴァが著した経典の一部ですが
これを
弟子がいずれ必要になるときが来るまで
封印しておくために
山中に埋めて隠しておいたもの。
bibliotecapleyades.net
それが
14世紀になって
チベット人透視能力者カルマリンパによって
再発見されました。
この経典は、
死の間際に際して
ラマ僧によって
枕元で読まれる枕経として有名です。
チベットには、
瞑想しないで悟りに至る五つの方法が知られています。
その中の一つが、
このバルド・トェ・ドル・チェンモのような教えをよく聴くことです。
バルド・トェ・ドル・チェンモを
死の間際に
死に行く者に
聴かせるのです。
バルド朗読者は
臨終の席で
その人が完全に死が訪れるまで
聞かせ続けます。
よく
眠りにつく前に考えていたことが
夢に出てきたり、
目覚めた時に思い出すことがあると思います。
車を停めた時に
運転中に車内で聞いていた最後の音楽が
車から降りた後も
頭の中で続いている経験はあるかと思います。
インパクトのある音楽のテレビCMを見た後で
すぐにテレビを切ると
その音楽が頭に残り続けることがあると思います。
一つの状態から
別の状態に移行する時に
最初の状態の最後に耳にした音や旋律が
次の状態の意識の中で増幅して
大きな影響を与えるのです。
夜泣きをしたり
おねしょをしてしまう幼児に
寝る時に
「あなたは素晴らしい人」
「あなたはとてもいい子」と
眠りにつくまで誉めてあげると
夢の中でも
朝目が覚めても
とてもいい状態になります。
それを応用したのが、
この枕経なのです。
死の前に聞いたこと
死の前に思ったこと
死の前に体験したこと
それが、
大きく中間生と
次の生に大きく影響します。
人の記憶は
別の状態に移行する時には
眠りでも
死でも
最後の心の印象が持続する傾向があります。
人は、
自分の死に際して
財産の心配とか
家族の心配とか
世俗的なことに最後の思考を使います。
自分の自我が消えることを怖れる人もいるでしょう。
それらの感情は、
カルマの浄化や
次の生に対して良い影響を与えません。
だから
バルドの朗読によって
聖なる思考を旅立ちに持たせるのです。

死を間近に迎える人がいる場所では、
執着や恐怖に囚われることなく、
安らかに、
穏やかにそして愛で満ちた幸せな最後を迎えられるよう
周囲の人の配慮も重要です。
それが亡くなった後も
次の生でも
とても大きく影響するのです。
死は、
カルマを浄化するとても大きな作用がありますが、
特に死に際しての心の在り方が
とても大きくカルマの解消に役立つことは
誰にも知られていません。
例えば
生きている間多くの悪いことをしてきた人でも
死の間際に、
真から心を入れ替えることが出来たのであれば
それは、
いままでのカルマの解消にとても大きく影響します。
これは毎日の眠りの前にも応用できます。
夜眠りにつく前には、
必ず神聖なものに関心を抱き
清らかなことに心を注ぐのです。
その積み重ねが
重要になります。
(君が代から神が代へからの引用ここまで)
続きは本書で。
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「君が代から神が代へ」からの抜粋です。

バルドは、
チベットの言葉。
「バル」は、中間を意味し
「ド」は、解き放たれたことを意味しています。
狭い意味では、
死と次の生まれるまでの間の状態を言いますが、
広い意味では
もっと深遠な意味を含んでいます。
「チベット死者の書」 (バルド・トェ・ドル・チェンモ)の流行で
知られるようになった言葉です。
ちなみに、
死者の書という日本語への翻訳は、
エジプトの死者の書を意識した翻訳です。
この書は、
聖者パドマサンバヴァが著した経典の一部ですが
これを
弟子がいずれ必要になるときが来るまで
封印しておくために
山中に埋めて隠しておいたもの。

それが
14世紀になって
チベット人透視能力者カルマリンパによって
再発見されました。
この経典は、
死の間際に際して
ラマ僧によって
枕元で読まれる枕経として有名です。
チベットには、
瞑想しないで悟りに至る五つの方法が知られています。
その中の一つが、
このバルド・トェ・ドル・チェンモのような教えをよく聴くことです。
バルド・トェ・ドル・チェンモを
死の間際に
死に行く者に
聴かせるのです。
バルド朗読者は
臨終の席で
その人が完全に死が訪れるまで
聞かせ続けます。
よく
眠りにつく前に考えていたことが
夢に出てきたり、
目覚めた時に思い出すことがあると思います。
車を停めた時に
運転中に車内で聞いていた最後の音楽が
車から降りた後も
頭の中で続いている経験はあるかと思います。
インパクトのある音楽のテレビCMを見た後で
すぐにテレビを切ると
その音楽が頭に残り続けることがあると思います。
一つの状態から
別の状態に移行する時に
最初の状態の最後に耳にした音や旋律が
次の状態の意識の中で増幅して
大きな影響を与えるのです。
夜泣きをしたり
おねしょをしてしまう幼児に
寝る時に
「あなたは素晴らしい人」
「あなたはとてもいい子」と
眠りにつくまで誉めてあげると
夢の中でも
朝目が覚めても
とてもいい状態になります。
それを応用したのが、
この枕経なのです。
死の前に聞いたこと
死の前に思ったこと
死の前に体験したこと
それが、
大きく中間生と
次の生に大きく影響します。
人の記憶は
別の状態に移行する時には
眠りでも
死でも
最後の心の印象が持続する傾向があります。
人は、
自分の死に際して
財産の心配とか
家族の心配とか
世俗的なことに最後の思考を使います。
自分の自我が消えることを怖れる人もいるでしょう。
それらの感情は、
カルマの浄化や
次の生に対して良い影響を与えません。
だから
バルドの朗読によって
聖なる思考を旅立ちに持たせるのです。

死を間近に迎える人がいる場所では、
執着や恐怖に囚われることなく、
安らかに、
穏やかにそして愛で満ちた幸せな最後を迎えられるよう
周囲の人の配慮も重要です。
それが亡くなった後も
次の生でも
とても大きく影響するのです。
死は、
カルマを浄化するとても大きな作用がありますが、
特に死に際しての心の在り方が
とても大きくカルマの解消に役立つことは
誰にも知られていません。
例えば
生きている間多くの悪いことをしてきた人でも
死の間際に、
真から心を入れ替えることが出来たのであれば
それは、
いままでのカルマの解消にとても大きく影響します。
これは毎日の眠りの前にも応用できます。
夜眠りにつく前には、
必ず神聖なものに関心を抱き
清らかなことに心を注ぐのです。
その積み重ねが
重要になります。
(君が代から神が代へからの引用ここまで)
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コメント
コメント一覧
私は昭和47年北大理学部化学科卒の者で、同窓にも森井さんのような方がおられるということは大変励みになります。
ところで、森井さんは、今話題の加計問題の本質は何だと思われますか。獣医学部の新設を獣医師会は反対して岩盤になっているとのこと。
私は獣医師はまだ必要だと思いますが如何でしょうか。安倍さんを支持している訳ではありませんが、業界団体のエゴには辟易です。
大動物の獣医師は、今はわかりませんが、私の知っている当時は仕事は厳しくきつく、そして給料がとても安かったです。獣医大学を卒業したと思えない待遇でした。きっと今では改善していると思いますが、これでは大動物の獣医師が少ないのもわかります。