新型インフルンザ(スペイン風邪)から
ちょうど100年目となりました。

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スペイン風邪は
A型インフルエンザウイルス(H1N1亜型)です。

スペイン風邪は
世界中で大流行し
感染者5億人、
死者5,000万~1億人の被害が出ています。


当時の全世界人口は
約十数億人と推定されているため、
とても多くの人が感染していたことになります。

日本では、
当時の人口5,500万人中の
39万人が死亡したと発表されました。

のちの研究では
実際にはもっと死者が多かったとされています。
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米国で始まったこのインフルエンザ大流行を
スペイン風邪と呼ぶ理由は、
当時は第一次世界大戦中であり
情報統制によって
インフルエンザの情報も
米国からは伏せられていました。
その当時
中立国であったスペインから情報が発信されていたためです。




スペイン風邪は
インフルエンザ・パンデミック重度指数(PSI)で
最も深刻なカテゴリー5に分類されています。
CDC_Pandemic_severity_indexWikipedia





スペイン風邪は
1918年3月に
米国シカゴ付近で最初の流行が始まりました。


その後瞬く間に全米に広がり、
5月には
ヨーロッパで大流行。

そして
秋には
ほぼ世界中で同時に大流行が起こり、
病原性は更に強まり
重症な合併症を起こし死者が急増。

1919年春から秋にかけて日本でも大流行しました。


これはシアトルの警察官たち
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シアトルの赤十字で働く人たち
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ニューヨークで働くタイピスト
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サンフランシスコの裁判所は
空気の通る外で開催
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モンタナ大学。
パンデミックの間、
空気の通りの良い外で講義
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シアトルを行進する米軍兵士たち。
これからフランスへ向かうところ。
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オーストラリア・シドニーの看護師たち
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オーストラリアの臨時隔離施設
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英国でもたくさんの死者が出ました。
この墓地は
インフルエンザで亡くなった英国軍兵士たちの墓
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映画を楽しむ米軍兵士たち
全員マスク着用しています。
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米国マサチューセッツ州の臨時病院
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当時は
病院で治療を受けても
死亡する人たちが相次ぎました。


そんな中で最も治癒率が良かったのは
ホメオパシーでした。

当時の米国の一般病院で治療した患者たちの死亡率は
30%.

一方で
ホメオパシーで治療した患者たちの記録を見ると、

フィラデルフィアでは、
ホメオパシーで治療した26,795症例中死亡率は、1.05%
コネチカットでは
ホメオパシーで治療6602例中の死亡55例  死亡率はたったの0.8%

コネチカットの別のホメオパシー病院では
81 例治療して全員完治
シカゴでは
8000例をホメオパシーで治療して、死亡は1例のみ
ロードアイランドでのホメオパシー治療では
インフルエンザは全員完治。

合併症の肺炎例では2.1%の死亡率
当時肺炎を合併した場合の一般病院での死亡率は60%でしたから
格段に治癒率が良かったことになります。

コロンビア特別区 のホメオパシー病院では
1500例中15人死亡

ナショナルホメオパシー病院では、100%完治 
オハイオ州では、
1000 例をホメオパシーで治療して全員完治



そして
現在
再び
新型インフルエンザが発生する可能性があるとも言われています。







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