アラブ首長国連邦UAE

昨日は
UAEの実業家が南極から氷山を持ってきて
飲み水にする計画の話でした。

ひかたま:南極の氷山を中東に持っていく計画


UAEは、
中東7つの首長国からなる連邦国家です。

その中でも最も華やかな国ドバイの首長で
UAE副大統領兼首相でもあるマクトム氏の妻ハヤ妃
ドバイからの脱出を試みました。

ハヤ妃は、
英ロンドンの高等法院に、
「強制結婚からの保護措置を裁判所が命じる制度forced marriage protection order」
の適用を申請しました。


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facebook.com/detainedindubai/


なぜ
超富裕層であり、
女性として最高位の地位にあるハヤ妃が
逃げなければならないのでしょう?

そこには
女性の人権を無視した環境があるからのようです。


どんなに物質的な富を集めても
優雅な暮らしをしていても
心の豊かさ無くしては
真の豊かさとは言えないことが
よくわかる一件です。



詳細は
UAEの法制度の元でも虐待扱いされている人を支援している国際NGO団体「Detained in Dubai」に書かれています。

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ハヤ妃の前に
マクトミ氏の娘二人も脱出を試みています。

どちらの王女も
強制的に連れ戻されています。



2000年には、
娘のシャムサ王女が、
英国での休暇中に、
逃げ出しました。
しかしながら
2か月後に見つけ出されてしまい、
拉致され
ドバイに強制的に連れ戻されています。

シャムサ王女は、
その後幽閉されたとされ、
どうなっているのか情報はありませんが、
「自由を奪われた状態で、精神科医や看護師などに付き添われて生活している」
という情報があります。

シャムサ王女の失踪理由は
公にされていません。
このまま一生幽閉されてしまうこともあり得ます。


2018年には、
シャムサ王女の妹ラティファ王女
ドバイからヨットでの脱出を試みて
やはり
インド沖で逃走中に見つけ出され
ドバイに強制的に連れ戻されています。


ラティファ王女は
脱出前に動画を撮影し、
王女自らの命をかけて
ドバイ首長である父親を厳しく批判する内容の動画を残しています。


現在
脱出に失敗したラティファ王女も幽閉状態にあり、
一度だけ
元国連人権高等弁務官でアイルランド元大統領のメアリー・ロビンソン氏と
ドバイで面会している画像が公開されました。

その後はどうなっているのかはわかりません。


王女だけではなく
UAEでは
政府を批判する人たちを不当に拘束していることも
複数の国際人権団体から非難を浴びています。


UAEの法制度は
特に女性や政治を批判する人の人権に関して
不当に無慈悲であることが明らかです。





小さな村から始まったドバイは
マクトム家の移住後に発展がはじまり、
今では世界から投資を集めて
UEAを代表する都市国家になりました。

中東屈指の世界都市として
金融センターであるとともに
中東での貿易と商業の最大の中心地でもあり
さらに
世界的な観光地としても急速に発展しています。


そんな先進国入りした国家都市で
いまだに女性差別を法的に行っているというのは
真っ先に改善すべき問題です。



ドバイでの度重なる脱出と幽閉を見て
マリカ・ウフキルさん
思い出しました。

マリカさんは、
5歳の時に
モロッコ国王ムハンマド5世の娘アミーナ王女の遊び相手として
国王一家に養女として迎えられました。


マリカさんの実の父親ウフキル将軍は
国王の次に権力があるとされ
内相、国防相と重要ポストを歴任し、
国王ムハンマド5世と次の国王ハサン2世から信頼されていた人物でした。


マリカさんが7歳の時に、
国王モハメド5世が崩御し、新国王ハッサン2世の治世になりました。

新国王ハッサン2世も
皇太子時代から
マリカさんを自分の娘として扱うと公言して
大切にしてきました。

マリカさんは、アミーナ王女と共に
国王の寵愛を受けて
宮廷での優雅な何不自由ない暮らしを送っていました。


そこでクーデター事件が起きました。
ハサン2世が搭乗するボーイング727の撃墜未遂が発生し、
事件の首謀者であったウフキル将軍は処刑。


国王一家の一員として幸せな日々を送っていたマリカさんは
この事件後に、
家族と共にモロッコの南にある廃墟に軟禁されました。
そのころは
まだ十分な食事の供給もあったようです。

その後さらに
サハラ砂漠の監獄に移送され
まともな食事もないような
過酷な監禁生活を送ることになりました。

食べ物は時に腐ったものが提供され
病気になっても
治療すらされなかったそうです。

一家全員がそれぞれの独房に入れられて
会話することすら許されない生活を強いられました。
独房には
ネズミ、ゴキブリ、サソリなどの這い回る暗くジメジメした湿った環境。


その監獄で
ただ死ぬまで生き続けなければなりません。


マリカさんは
砂漠の監獄からの脱獄を決意。

看守の目を盗んで
空き缶で床の地面を少しずつ掘っていき、
トンネルを作って脱出。


フランス大使館に助けを求めたものの、
その日は休日のため
大使館は閉鎖中。

ここで捕まれば
殺されてしまいます。

そのまま
必死でアメリカ大使館やスウェーデン大使館など
いくつかの大使館へ助けを求めにいったものの
着の身着のままで、身分さえ証明できずに門前払いを受けてしまいました。

最後に
ホテルの電話を借りて
フランス人ジャーナリストに連絡がついたことから、
無事に保護されました。

そして
過酷な監禁生活の実態が世界にむけて報道されました。

1973年の監禁から
1991年になって
国際世論の力にモロッコ国王がようやく赦しを出し、
マリカさんたちはようやく自由の身となりました。

マリカさんが
命をかけて脱出していなければ
死ぬまで放置され
そのまま闇に葬られてしまったことでしょう。

1999年には
マリカさんは自らの体験を半生記「La Prisonnière」として出版しました。

この本は
モロッコでは発禁処分となりましたが
世界的なベストセラーとなりました。


この件が明るみに出たことがきっかけとなり、
「数百人の行方不明者たち」も釈放されています。
国際人権団体によると、
いまだ多数の拘束者たちが過酷な生活を強いられているようです。


一昔前には
「サティー」のような人権など全く無い慣習もありましたが
どうして人は
こんなにも残酷になれるのでしょうか。


日本にいると
基本的人権があるのは当たり前のように思ってしまいますが、
いまだに世界では
基本的人権さえ保障されていない人たちが
たくさんいるのです。



この世界は見えない世界が土台になって顕現されたものであることが理解できた時
そして
人が輪廻転生する時に正確に因果応報の法則が働くのを
身をもって体験し続けた時に
初めて
真に慈悲の心を理解し、思い出すのかもしれません。







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