神の詩 第六章十一節

今日から
神の詩 第六章十一節
です。

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「清浄な場所に、クシャ草と鹿皮と布を重ねて敷いた、高すぎず低すぎない安定した座を設け、(11)」

「クシャ草と鹿皮」







クシャ草の上に敷く鹿の皮は、
昔は自然死した鹿から得たものでなければなりませんでした。


これは慈悲の心と非暴力の実践でもあります。


またこれと同様に、
お供えをする場合には、
不正な手段で手に入れたものは、
それがどんなに素晴らしいものであっても、
お供えに使うことは出来ません。



鹿は、
基本的に他の動物たちを傷つけない生き方をしている
ということから、
尊い動物とされていたようです。


僧侶たちが、
鹿を大切にしていたエピソードがあります。

ある僧侶が森の中で瞑想していると、
猟師に追われた一頭の鹿が
僧侶の目の前を走って逃げていきました。

しばらく経って、
今度は
その鹿を追いかけてきた猟師がやってきました。

猟師は僧侶に
「このあたりに鹿が逃げてこなかったか? どちらの方向へ行ったか教えてほしい」
と尋ねました。

僧侶は、
絶対に嘘をついてはならないという戒律を守らなければなりません。

でも
正直に答えれば、
おそらく鹿は射殺されてしまいます。

そこで、
僧侶は猟師に言いました。
「私の目はたしかに鹿を見た。だが目は話すことは出来ない。口は話すことが出来るが、この口は鹿を見ていない」。

こうして僧侶は、
嘘をつくことなく鹿を守ったのでした。



大戦争の時に
アルジュナが聖者に守ってもらって話に少し似ていますね。


続きます。


神理の扉 聖なる変容と霊性進化の道
光田秀
きれい・ねっと
2020-04-12





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