神の詩 第六章十一節

今日から
神の詩 第六章十一節
です。

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「清浄な場所に、クシャ草と鹿皮と布を重ねて敷いた、高すぎず低すぎない安定した座を設け、(11)」







瞑想は、
無理することなく、
長続きすることが
何よりも重要です。





「ヨーガ・スートラ」を編纂したパタンジャリ大師は、
アーサナ(坐法)を実施する前に、
心の姿勢を整えるヤーマ・ニヤーマを
十分に行うことを提唱していました。




「平らで清潔な、そして小石・火・埃の無い、騒音が無く、水や宿泊施設などが無い、心地よく、心を刺激する対象物の無い、洞穴などの風の吹かない処に、独り座して心を統一しなさい」(シュヴェターシュヴァタラ・ウパニシャッド)


このように、
出来るだけ快適な場を設けて
日々の瞑想を行うことが推奨されますが、
旅行中などは、
どうしてもそれが難しい時もあります。

そんな時は、
理想的な瞑想場所にいると
イメージしてみましょう。


ここでは、
蚊に刺されながら悟りを開いた、
釈禅師の話をご紹介しましょう。

釈禅師は、
明治・大正時代に活躍した禅僧で、
日本人の僧として初めて「禅」を
「ZEN」
として
西洋社会に伝えた禅師として有名です。

生まれは安政6年、
安政の大獄の年で、
徳川幕府が終焉し明治新政府が開かれていった時代です。


幼少期から京都の妙心寺で修行し、
その後建仁寺で修行、
20歳になると鎌倉へ赴き円覚寺にて今北洪川老師を師として修行しました。

そこで禅の修行に専念し、
25歳という若さで
「老師」
と呼ばれるようになります。

そしてその後、
驚くことに27歳になってから、
慶應義塾に入塾します。


禅師は29歳の時に、
山岡鉄舟や福沢諭吉の資金援助の元で、
仏教の原典を学ぶためにセイロンに渡りました。

ところが、
セイロン滞在中には
思ったような成果が上げられませんでした。

そこで、日本に帰国する途中でシャム国(現・タイ王国)に寄港し、戒律を受けることを計画しました。

セイロンからシャム国に行く船では、
すでに旅費も尽きかけていて、
船には乗れたものの部屋代を支払うお金がなく、
禅師は甲板の上で昼夜を過ごす扱いとなりました。


こうして
禅師はシャム国へと向かうのですが、
シャム国バンコクのメナム河の河口まで着いたところで、
低潮のために船が奥へと進むことが出来ず、
潮が満ちるまでの間停泊することになりました。




続きます。






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