珍しいオスの三毛猫


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オスの三毛猫 はめったに見ることができません。

三毛猫の三色は、一般的に白・茶色・黒です。
三毛猫は、とても一般的な猫ですが、そのほとんどがメスです。

三毛のオスが生まれる確率は、猫全体のおよそ3万分の1と推測されています。

英語では、キャリコ、トーティーアンドホワイト、トライカラー、トリコロールなどと表現されます。

日本では、もともと三毛は縁起が良いとされ、
特にオスはその希少価値からとても縁起がいいと言われ、
船に乗せると航海安全になるともされてきました。
 

そのため、高値で取引されることもあるようです

1000万円とか2000万円で売りたいという話は聞いたことがありますが、

実際に高額で買ったという話は聞いたことはありません。

どうなのでしょうか・・。
この記事では、3000万円になっていますね・・。

sfsNAVERまとめ
 

さて、

猫の毛色と眼の色、肉球の色の一覧表です。

https://earthpetsorganic.files.wordpress.com/2011/01/catcoatcolor1.jpeg

cathair

 

猫の毛色は、毛色を決定する遺伝子がどの染色体にあるかで決まります。
簡単に言うと、
染色体で性別を見ると、 オスはXY、メスはXX

そして通常、三毛になるには、メスXXの染色体が必要なのです。

オスXYの染色体には三毛遺伝子が出来ないからです。
 

ところが
染色体奇形などの場合には、

見た目がオスでも三毛になることがあります。

ほとんどの三毛のオスは染色体奇形XXYが原因です。

そのため、生殖能力は無く、三毛のオスが増えることはありません。

 

他の原因である遺伝子乗換やモザイク染色体はとても稀です。

そのため生殖能力を持っているミケのオスはごくごく稀で、世界で数頭しか見つかっていません。

 

当院でも今までに4頭しか確認していません。
この写真では、三毛猫ですが、ご立派なタマタマがあります。
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さらに両性具有の猫たちも数頭見たことがあります。

その中の一頭の猫も見た目はオスで、たしか三毛だったと記憶していますが、

精巣と卵巣、子宮がありました。

睾丸部分に相当する組織の病理組織検査での鑑定結果は、

「卵精巣」 でした。

つまりメスの卵巣組織とオスの精巣組織が両方一つの性腺から確認されたのです。

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ところで三毛猫に多い染色体奇形XXYは、

ヒトではクラインフェルター症候群と呼ばれています。

男性の性染色体にX染色体が一つ以上多いことで生じる一連の症候群です。

XXYXXXYなどです。

この病気をテーマにした映画「XXY」も上映されています。
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染色体異常クラインフェルター症候群で男性器と女性器の両方を持つ主人公アレックスとその両親が、
この奇形と向き合い、葛藤し、受け入れていく物語です。

思春期になったアレックスは

「男性になるか女性になるか、決めなければ行けないの?ありのままでは何故いけないの?」

と父親に問いかけます。

 

人は、社会的偏見や他人と違うことの差別など、いろいろ大きな苦労が伴うのはたいへんだと思います。

それにひきかえ、 

三毛猫では、XXYでも、いつでもありのまま。

三毛のオスも個性の一つとして、何ら問題はありません。
むしろ優遇されています。 

 
 

誰もが気づいているように、

男性であれ女性であれ心の中には、男性的性質と女性的性質が存在します。

男性的性質は、好奇心旺盛で攻撃的、女性的性質は、優しく受容的。

心の中は他人には見えないので、ありのままの状態です。

 

この二つの性質は、相対するものではありません。

男性的性質は常に積極性攻撃性が優勢で、それを視えない形で優しく創造性や積極性へと変容させる力を持つのが女性的性質です。

自分の中にある男性的性質と女性的性質の連携した働きは、

あらゆる人間の活動でとても役に立っています。

 

霊性の進化にも、強い男性性の推進力と探求心、

それに愛を加えて光の方向へ向かわせる女性性のバランスが必要です。


 

三毛猫と人とのXXYに対する大きな認識の違いから感じたことが、二つあります。

一つ目は、人は、見た目を気にし過ぎること。

 

私たちは、見た目をどちらかに整えることを気にする前に。

内面を整えることを常に優先するべきですよね。

 

そして、
二つ目は

人は、自分らしく猫のようにありのままでいられない。


人目を気にするし、

男か女か
二つのグループがあれば、どちらかに属さなければならないという固定観念が出来ています。

 

この世界には、あらゆるものが両極に見えて対立するような構図になっています。

光と闇、愛と憎悪、生と死、敵と味方、男性と女性・・・。
 

でも、
どれも見方を変えれば、両極ではないのです。

 

愛の最も低い表現が憎悪であり、

光の不在が闇であり、

生と死は魂の表現形態の移行であり、

敵も味方も同じ人間の立場と思いが違うだけ。

男性と女性も、心の中ではどちらも存在しているもの。

 

すべて在り方の違いだけで、本質的にはすべての両極は一つです。

 

だから、人も猫のように自分らしく、ありのままでいいのだと思います。

 

毎日多忙のため時間が足りず、今日も何も考えを整理しないまま書いてしまいました。 

三毛猫のオスの話から、クラインフェルト症候群に飛び、人と猫の違いから何故か二元性の世界へ・・
文章力がないから、理解してもらえるように書いていない。

これが、ありのまま。

でも、
誰か一人でも、なんとなく真意を理解していただければ幸いです。
たぶん、何が書きたいのかなんとなくわかってくれたと感じたのであれば、その一人だと思います。 

 

今日もありがとうございます。
 


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