この花は何でしょう?
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淡いクリーム色の花びら。
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拡がる蔓。
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そう、これはキウイの花。
なんとなく、キウイの断面とお花が似ていますよね。


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ちなみに私は、皮ごと丸ごと頂きます。
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私たちは、
普段食べているものの本来の姿を知らないことが多くなりました。


これはバナナの花
MusaBasjooバショウ薬用MORII 052

バナナの蕾
Musaバナナ薬用 049


梨の花
AmygdPrunusナシ薬用MORII 197

アーモンド
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さくらんぼ
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チョコレートやココアの原料であるカカオの実はデカいです。
Theobromaカカオ薬用 051

熟すと真っ赤に。
Cacao薬用Morii 013


綿の花。
この植物で綿の衣料品を作ります。


GossypiumHirsutumケブカワタ薬用 110

コーラの最初の原料になったコーラの木の葉っぱ
Colaコラノキ薬用MORII 287

いままで
いろいろな食材や医薬品の原料の写真も撮ってきましたが、
とても綺麗な生き物たちがたくさんいるものです。
そしてそれを利用している私たち。



食材の自然界での姿を知ったり、
生産者の方々の苦労を知ることは、
食事の時に捧げる感謝の気持ちをより深くするように思います。


私たちが幸せに暮らせるのは、限りない支えのおかげ。
着るものも、住む場所も、あらゆる道具も誰かが考えて作ってくれたもの。
その素材も元は命あるものから出来ている。
肉体として存在できるのも、毎日命を捧げてくれる動植物、すべてを育む地球や太陽のおかげ。

人は支えられて生きていることを自覚したら、いつも感謝を忘れない人になります。

正法眼蔵(しょうぼうげんぞう】の中に
「人身得ること難し」
という記述があります。

文字通り、
人としてこの地上に生まれてくることはとても難しいこと
という意味です。

「有り難い」と同じです。
ここに有ること自体がとても難しいこと。
本当にラッキーです。


「雑阿含経(ぞうあごんきょう)」という釈迦大師の教えをまとめた経典があります。
この中にある「盲亀浮木の譬(もうきふぼくのたとえ)の話です。

これは釈迦大師が、人が肉体を持って地上に来ることがいかに幸運なことかを、弟子の阿難(あなん)にしたたとえ話です。

「広大な海の底に一匹の目の見えないカメがいる。
そのカメは、百年に一回だけ水面に顔を出す。
そして、
その広大な海に一本の木が漂っている。
その木には一つの穴が開いている。
その流木は、風と海流にまかせて広大な海のどこかをさまよい続けている。
さて、阿難よ、
百年に一度だけ海面に浮かんできたカメが、その流木の穴にすっぽりとハマることがあるか?」

弟子の阿難は、「そのようなことは有り得ません」と答えます。
師は、「本当に絶対に無いと言い切れるのか?」
阿難は、「何億年、何兆年のうちにはたまたま運が良ければ、有り得るのかもしれません。」
師は、「阿難よ、人間がこの世に生まれてくるということは、そのカメが流木の穴に頭を突っ込むよりも難しいことなのだ。有り難いこと。」



この話のように、人は肉体を持って地上にいられることは本当に幸運なのだと思います。
しかもこの時期に。


でもこのような話は、聞いた翌日には、忘れてしまいます。
そこで、
今日最初に食べ物の本来の姿から、その命や生産者に感謝する話を先にしました。
次に
地上でのすべての存在に対する感謝の話をしました。
さらに、
地上にいるのかいかに幸運かという話。


人は、一つの話を読んでも簡単に忘れてしまいます。
でも、
二つか三つの話を組み合わせると、
不思議と忘れなくなるのです。


5日前に食べた夕食をさっと思い出せるでしょうか?
でも、
その夕食が記念日だったり、
食材探しにいつもと違うスーパーまで行ったり、
調理中に火傷をしたりと、
何か別のエピソードがあれば、5日前の夕食でも覚えていられるものなのです。

だから、
食事をするたびに、食材をよく観て、
その本当の姿を意識するだけで
この地上にいることの超幸運を思い出せるようになります。


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