このゾウさんの名は、
「スラージ」。
スラージとは、
ヒンズー語で「太陽」
でもこのゾウは、太陽の光を浴びることができません。
この写真の通り、
すべての脚を鎖で拘束されて
身動き取れないまま
コンクリートの中に閉じ込められているのです。
寺院で飼育されています。
飼育というか、
虐待です。
WILDLIFE SOS
鎖で繋がれ続けた脚は、
痛々しい傷を負っています。
WILDLIFE SOS
ゾウの特徴である大きな耳たぶがありません。
何か昔に耳が引き裂けるような事故が起きたようです。
スラージは、
幼少の頃に捕えられ、拘束されたと推測されています。
インドでも
このような悲惨な状況のゾウたちが、
たくさん存在します。
過酷な労働や見世物として、
使われているのです。
動物保護団体Wildlife SOS Indiaが、
スラージの救出方法を探っています。
WildlifeSOS
スラージが捕えられているのは、
寺院です。
寺院と言えば、
神聖なイメージがありますが、
こんな現実もあるのです。
以前当ブログで、
「生贄中止!世界最大の生贄ネパールのガディマイ祭」
でもご紹介しましたが、
ヒンズー教のガディマイ寺院でかつて行われていた凄惨な祭り。
本来の宗教は、
「すべての存在のために役立つこと」。
教義を、盲信することでも、誤信することでもありません。
生き物を犠牲にする宗教儀式も異なる宗教間の争いも、
本当は全く必要ないものです。
宗教は、
若木が自力で立ち、
育つまでの添え木のようなもの。
大きな木になったら必要無くなります。
でも、
現在はその若木自体が歪んでしまっています。
それは
指導者たちの意識が停滞し
それに
人々の意識も同調してしまったから。
形骸化した宗教は、
利己的な政治経済や
思いやりのない競争社会と同等なものになってしまいました。
人が、
慈悲、思いやり、喜び、平等心を忘れているのは、
表面的な感覚に振り回されて、
心の奥にある平安を見失っているためです。
もう一度、
素直な全く偏見も知識もない地点から
物事を見直す。
これは今の時代に必要なことです。
今日もありがとうございます。
動物たちの現状を多くの人に知っていただくために、
クリックをお願いいたします。
人気ブログランキングへ
「スラージ」。
スラージとは、
ヒンズー語で「太陽」
でもこのゾウは、太陽の光を浴びることができません。
この写真の通り、
すべての脚を鎖で拘束されて
身動き取れないまま
コンクリートの中に閉じ込められているのです。
寺院で飼育されています。
飼育というか、
虐待です。
WILDLIFE SOS
鎖で繋がれ続けた脚は、
痛々しい傷を負っています。
WILDLIFE SOS
ゾウの特徴である大きな耳たぶがありません。
何か昔に耳が引き裂けるような事故が起きたようです。
スラージは、
幼少の頃に捕えられ、拘束されたと推測されています。
インドでも
このような悲惨な状況のゾウたちが、
たくさん存在します。
過酷な労働や見世物として、
使われているのです。
動物保護団体Wildlife SOS Indiaが、
スラージの救出方法を探っています。
WildlifeSOS
スラージが捕えられているのは、
寺院です。
寺院と言えば、
神聖なイメージがありますが、
こんな現実もあるのです。
以前当ブログで、
「生贄中止!世界最大の生贄ネパールのガディマイ祭」
でもご紹介しましたが、
ヒンズー教のガディマイ寺院でかつて行われていた凄惨な祭り。
本来の宗教は、
「すべての存在のために役立つこと」。
教義を、盲信することでも、誤信することでもありません。
生き物を犠牲にする宗教儀式も異なる宗教間の争いも、
本当は全く必要ないものです。
宗教は、
若木が自力で立ち、
育つまでの添え木のようなもの。
大きな木になったら必要無くなります。
でも、
現在はその若木自体が歪んでしまっています。
それは
指導者たちの意識が停滞し
それに
人々の意識も同調してしまったから。
形骸化した宗教は、
利己的な政治経済や
思いやりのない競争社会と同等なものになってしまいました。
人が、
慈悲、思いやり、喜び、平等心を忘れているのは、
表面的な感覚に振り回されて、
心の奥にある平安を見失っているためです。
もう一度、
素直な全く偏見も知識もない地点から
物事を見直す。
これは今の時代に必要なことです。
今日もありがとうございます。
動物たちの現状を多くの人に知っていただくために、
クリックをお願いいたします。
人気ブログランキングへ
コメント
コメント一覧
今や多くの宗教がビジネスとなり、このように象さんやひどい時には戦争まで起して地球を壊してしまっていますね。私はいわゆる知恵の言葉に触れるのが心が温まったり、頭がすっきりするので好きなのですが、それらも知識として知ったかぶりしないようにしたいと感じました。マインドのお喋りの向こうにある沈黙へ耳を澄ませる時間に意識します。今日もありがとうございます。また、ぴっぱちゃんの魂が幸せで安らかでありますように、お祈りいたします。
ことがあります。娯楽の少ない山の分校の子供たちに見せてあげたいという学校側の
親心のようなものだったのでしょうけれども、動物たちを鞭打って見世物にしている
サーカスを楽しんだ子供が果たして何人いたでしょうか。少なくとも、私はショックでした。
団員が象をピシっと鞭打つたびに、「象さんをぶたないで!」と心の中で叫びながら、
泣きそうになりました。これはいったい何なのだろうと思いました。
そして、そんな残酷なサーカスに連れてきた先生の顔を振り返って睨んでしまいました。
今でも私はサーカスが嫌いです。動物園もペットショップへもよう行けません。
動物は大好きですが、ペット禁止という住宅事情があったこともあって、ついぞ今まで
動物を「ペット」として飼ったことがないのです。
私も、あられさんとスラージちゃんと一緒に帰ります。