霊性進化の道を歩み始める上で、
最も必要な資質になります。
アルジュナは、
自分の持つプライドや誇り、
低次の自我のすべてを捨てて、
クリシュナに自分のすべてを捧げました。
この後、
真我にすべてを捧げる意志を強化するために
「自分は肉体」
という間違った固定観念を
正していくことになります。
「自分は肉体だけの存在ではない」
と明確になった時、
クリシュナによって最高の教えを伝授される準備が整います。
「主よ、あなたの道をわたしに教えてください。わたしはあなたの真理に歩みます。」詩篇86-11
「すべての不安から解消されたいと切に願う人は誰であっても、万物最高の支配者、すべての困難を消し去る存在、すべての生命の源である超霊魂である至高の存在について、常に耳を傾け、讃え、思い出さなくてはならない。」「シュリーマド・バガヴァータム」第二編第一章5節
ほとんどの現代人は、
昼間には仕事や家事で頭がいっぱいになり、
夕方は買い物や雑事で時間をとられて、
夜はお酒を飲んだり、
ゲームをしたり、
SNSをやったり
オンラインで仲間と遊び
それから
眠ることに費やしています。
わずかに余った時間さえ、
ゴシップなどの俗世間の情報をかき集めて、
満足してしまいます。
昼間には仕事や家事で頭がいっぱいになり、
夕方は買い物や雑事で時間をとられて、
夜はお酒を飲んだり、
ゲームをしたり、
SNSをやったり
オンラインで仲間と遊び
それから
眠ることに費やしています。
わずかに余った時間さえ、
ゴシップなどの俗世間の情報をかき集めて、
満足してしまいます。
日常生活において、
至高の存在を讃える習慣がある人は
あまりいないかもしれません。
神を思うのは、
困った時の神頼みとか時々神社などに行った時とか、
神棚に手を合わせるくらいになっているのではないでしょうか。
至高の存在を讃える習慣がある人は
あまりいないかもしれません。
神を思うのは、
困った時の神頼みとか時々神社などに行った時とか、
神棚に手を合わせるくらいになっているのではないでしょうか。
私たちも
いずれは物質的な生活の中で、
なんらかの大きな壁に突き当たる時が来ます。
その時に、
心から真理を求める気持ちが湧いてくるはずです。
いずれは物質的な生活の中で、
なんらかの大きな壁に突き当たる時が来ます。
その時に、
心から真理を求める気持ちが湧いてくるはずです。
アルジュナは、
クリシュナに教えを請うずっと前から、
神を敬う生活を続けてきました。
クリシュナに教えを請うずっと前から、
神を敬う生活を続けてきました。
いつでも
神の御心にそった生活を心がけ、
行動してきました。
そんな中で、
今回
自分の存在自分の行動を根底から揺るがすような状況に置かれて
心から神の教えを請いました。
神の御心にそった生活を心がけ、
行動してきました。
そんな中で、
今回
自分の存在自分の行動を根底から揺るがすような状況に置かれて
心から神の教えを請いました。
「あなたがたは、この世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。」ヨハネによる福音書第十六章33
「神の御前に生きながら、神の恵みと智慧と、それを活用して理解する中で成長していくことが、魂の目的です。」エドガー・ケイシー
次は第八節
「地上で繁栄する無敵の王国を手に入れても、そこを天の神々のように君臨したとしても、感覚が麻痺するほどのこの悲しみを癒す方法がわからない。(八)」
よく内観してください。
今日もありがとうございます。
ブログランキング参加しています。


コメント
コメント一覧
今夜は、断念しますm(_ _;)m
暗闇に光を灯し
道を示してくださって
感謝します
真我にゆだねる
真に謙虚に生きる
大変救われます
大きな安堵と活力を頂いています
自分の内側から光が射すように、感じています。
「あなたがたは、この世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。」ヨハネによる福音書第十六章33
「神の御前に生きながら、神の恵みと智慧と、それを活用して理解する中で成長していくことが、魂の目的です。」エドガー・ケイシー
次は第八節
「地上で繁栄する無敵の王国を手に入れても、そこを天の神々のように君臨したとしても、感覚が麻痺するほどのこの悲しみを癒す方法がわからない。(八)」
よく内観してください。
これらのすべてが、素晴らしく、とても我が身に突き刺さり、後ろめたさのような責苦にも似た痛みとなって全身を襲われて目を醒ましてしまいましたが、日常の日々の暮らしに負けないで今日という今を生きます。
かつて患った慢性疲労症候群の兆候も、
森井先生のご提供くださるこの尊い学びとともに超越して行こうとしています。
教えの実践を(することを)日々の暮らしのうちに霞ませることのなきように、心しながら忘れずに行きます。【ということは=未だできてはいないということですが、放棄はしないということです】
慌てて送信するコメントをご容赦くださいませ🙇🏻♀️🙏
今日のは特に好きです。
ぜひとも写真集を出していただきたいです。
ヒマラヤの画像は、ロイヤルティーフリー画像です。
一般的な画像は自分で撮影しています。
そうなのですねー。
記事に合っていてとても素敵です。
個人的には水系(?)の画像がとっても好きです。
「光の魂たち」の植物編も大好きです。
「地上で繁栄する無敵の王国を手に入れても、そこを天の神々のように君臨したとしても、感覚が麻痺するほどのこの悲しみを癒す方法がわからない。(八)」
よく内観してください。
そういわれても、君臨したことがないからわかりませんと言おうとしましたが、したとしてもなのですね。
そして、悲しみに襲われた日々が来たということは、お山の大将気分になっていたことがあったのだと思いました。
>アルジュナは「自分は肉体」という間違った固定観念を正していくことになります。
「本当の自分とは肉体ではない」
と知的に理解していたつもりでした。
例えば、私が誰かに叩かれたとします。
その時、おそらく
「痛いっ。何するのよーー!」ってなります。
でも、このセリフが出てくるということは、
私が「自分と肉体を同一化」しているからこそ。
私は無意識下ではまだ、「自分は肉体である」とプログラムされていることに気づきました。
それに、
真に「自分は肉体」という観念がない時、
身体とその他という境界線もなくなるはずだもの。
オシマイケル。(>ω<)
いつもありがとうございます。
「シュリーマド・バガヴァータム」。
なぜか読んでみたいと思い、またなぜそう思ったのかも確かめたくて、先生が参考文献にあげてらした「バガヴァタ・バヒニ」
(サイババ大師バージョン)を読んでみました。
先生の解説に出てくる物語の背景がまさに本の中にあって、
ギーターのベースとなっている物語が、
グッと近くなったように思えました。
「マハーバーラタ」を未読なため、どこか遠い国の太鼓の音のように物語の輪郭がボヤケていましたから。
印象深かったのは、
戦いの轟音が天地を揺るがす最中に、アルジュナが御者であるクリシュナに指図する声が轟音に呑まれて聞こえないため、アルジュナが足でクリシュナの額を蹴って曲がる方向を指示せざるを得なかったこと。
蓮華の花びらのように柔らかいクリシュナの掌が連日の手綱捌きのため、水ぶくれだらけにもかかわらず、馬と戦車を御し続けたこと。
ギーター3章23節「アルジュナよ、私がたゆまず行動しなければ、人々はことごとく私に従い働かなくなるだろう」
と、クリシュナがギーターの中でアルジュナに説いた詩句は、こんなにも愛溢れるものだったのかと、胸がいっぱいになりました。
この時のアルジュナの心情を想像すると、
いたたまれなくなり、もう心が動く動く。
そして、
しっかりとその心の動きを観察してみる。
(今までは、動いた心をそのまま放置しているだけでした)
読了前とは、クリシュナの真実の言葉がちがった質をもつようになり、グッと沁みてきます。
読んでよかった。
だけど、この神話には、思考と感情では決して近づくことができないと思いました。
同時に、幻想(マーヤー)や神話に満ちた人生を送りたいとも思わなかった……
やっぱり、ギーターの教えそのものをしっかりと生きたいな。
いつも本当にありがとうございます。
「衣服(肉体)は正しく纏えば最善のパフォーマンスができる」との言葉に出合ってから、身体を御神体に戻したいな、との思いが最高潮に達したので(えっ、ほんと?笑)、
ウエサク満月の日から断食して今日で五日目になります。
スピリチュアルなことにめっぽう疎い私は、
ウエサク満月なる日を知らず、たまたまその日に断食を始め、物凄い眠気に襲われたので、
てっきり断食による眠気かと思っていました。(-_-)zzz
五日目にして身体がなんとも心地よく、ご機嫌でいられるのが嬉しい♡
一年中白Tの似合う女になりたいものです。
(そこじゃない…)
さてと。バイザウェイ。
『バーガヴァタ・バヒニ』の中にあった、
「ハートを神の祭壇と変容しなさい。
いっさいの欲望の芽をつみとりなさい。
そのときあなたのハートにある意識の湖は、
クシーラ・サガラ(浄らかなミルクの大洋、そこには龍神の曳く船に安座する神がいる)に浄められる。
あなたの神我は天の白鳥のように、このように変容した浄らかな湖面に姿を現す」
「クシーラ・サガラ」に思わずドキっとしてしまいました。
街中でパトカーを見ると、一瞬ドキっとしてしまうみたいな。(笑)
何かのヴィジョンを得ようとか感覚に酔いしれるのでもなく、ただただ湖面のような静けさへの憧れが、ずっとあります。
けれど、本当の自分があきらかにされるのに必要なエネルギーを低次の自我がそらしてしまう。
身口意がバラバラだから常に緊張していてくつろげない感じもあります。
一致させひとつにしたとき、心から自分が自分で在ることにくつろげるんだろうな……。
先生のヘナ雪(笑)を見たいな〜♡
先生は、ぱっつんぱつんの白Tがお似合いですよ♡
いつも本当にありがとうございます。